2016年11月21日月曜日

結婚式について

こんにちわ
鼻提灯だす。

本日は大学の友人の結婚式に行ってきました。
現在は福岡に住んでいて、会場は台場、日帰りということで本当にかつかつになりましたが、本当に行ってよかったと思います。
何より僕は後で後悔するようなことは絶対にいやなのです。

幸せそうな二人を見ると本当に僕も結婚について憧れてしまいます。今は彼女もいませんが。(*_*)

彼とは大学時代によく酒を飲みに行くことがあったのですが、彼も僕も強い方なので結構無茶な飲みをしていたと今になって思います。
でも今でも最高の思い出として心に残っていますし、福岡と東京で離れてはいますが必ずまた飲みたいと思います。

さてさて
今回のテーマは『結婚式』です。

近年では結婚式を行わない『ナシ婚』を決めるカップルが増えていると聞きます。
なんと50%近くのカップルが結婚式を挙げなかった年もあるくらいです。

しかし安易にやらなくていいやと決めてしまうのはたいへんもったいないことであるように思います。

そもそも結婚式は何のためにやるのでしょうか。

まずは自分と相手の為でしょう。
人生で一度の晴れ舞台、大切な人が好きです輝く瞬間を見たくはありませんか?

二人にとって結婚式はこれからの生活を誓いあうための儀式となります。
ケジメをつける意味でも大変重要なものとなります。

家族の為でもあります。
両家の家族のつながりを深める為にとても重要な意味をもちます。
両親に最大限の感謝の意を伝えてあげることも大切でしょう。

そして友人の為です
人生の節目となるタイミングを皆に見てもらいたいとおもいませんか?

今回は結婚式の意について考える回ですので、様式や内容については省略させていただきます。

僕はまだ結婚をしていません。
結婚式を行えるのは一体いつになるのかわかりません。

今回結婚式に出席して思ったのは、とにかく二人の幸せの瞬間に立ち会えてよかったということです。

両人の縁の方々からの余興やメッセージそのすべてに幸せを感じました。
僕自身が客観的に見て幸福感を得られるのですから、本人たちは計り知れないものでしょう。

そして昔の仲間に会えたという感動です。人生仕事や環境が変われば付き合いも変わります。

当時あんなに仲のよかった人と疎遠になるということも不自然ではありません。
しかし結婚式はそんな昔の仲間を引き合わせてくれます。
昔の話をして、懐かしかったあの頃の気持ちを呼び起こしてくれる。不思議な魔力です。

同窓会と違うのは気のあう仲間だけではなく、当時はそこまで話すこともなかった人たちとも会えるということです。そして毎年あるようなことではないため特別感があるということ。また幸せの空気の中、みんなポジティブな気持ちでいるということです。

何度もいいますが、僕は主観的に結婚式を体験したことはありません。
その為説得力に欠ける部分があるとは思いますが、どうか皆さんも結婚式について真剣に考え、時間やお金との相談もありますが
是非前向きに考えてみてはいかがでしょうか?

2016年11月15日火曜日

理の旅 第一回 『理』

こんにちは
管理人の鼻提灯です。

今回より新企画『理の旅』を始めたいと思います。

これはさまざまな世の中のキーワードの中から何かをピックアップし、それについてその本来の意味、社会的な意味、そして僕自身の中での意味について考えていくものです。

これは哲学であり、もちろん答えなどありません。
一回の投稿で簡潔する場合もあれば、また違った見方、考え方から再度投稿につながる場合もあると思います。。

いずれはこれを見ていただけた方の話も聞きたいですが
まずは僕自身の中に答えを見つけるために日記のような形でスタートいたします。

今回のタイトルは『理』です。
これは″ことわり″と読みます。

まずは本来の意味を見てみましょう。

(Wikipediaより)
 (り、Lĭ)とは、中国哲学の概念。本来、理は文字自身から、璞(あらたま)を磨いて美しい模様を出すことを意味する。そこから「ととのえる」「おさめる」、あるいは「分ける」「すじ目をつける」といった意味が派生する。もと動詞として使われたが、次に「地理」「肌理(きり)」(はだのきめ)などのように、ひろく事物のすじ目も意味するようになる。それが抽象化され、秩序、理法、道理などの意に使われるようになった。

仏教の世界ではこの言葉はそれほど重要な意味としては使われていません。道理、義理、条理を表す言葉です。
しかし中国の仏教徒は中国伝統思想に基づきこの言葉を普遍的、抽象的な言葉として使用してきました。


2016年11月11日金曜日

現在の性転換とその意味について考える

皆さんこんにちは
管理人の鼻提灯です。

最近ニューハーフタレントという存在がテレビを賑わし、世間では男の娘″おとこのこ″なる言葉も出てきました。性転換や戸籍の変更などもテレビで紹介されるようになり、一般社会への認知度が高まる一方で

僕たちはその内容をよく理解しておらず、いまだに差別的な扱いをしてしまっている現実があると思います。

昔からゲイ、レズ、ホモセクシャル、バイセクシャル、ニューハーフなどの言葉はありましたし、もちろんそのような方たちの存在は誰もが知るところです。

僕自信もかつてはそうでしたが、そのような方たちを一般社会の枠から外し、限定的な世界の話として考えている場合が有ります。
上記にあげたような性の思考はいたって普通のものです。

大衆の常識との相違を嫌うのは日本人に特に強く大きくあるものではあります。
しかしこれからの時代、もっともっと大きな広い世界をもち、価値観の枠を広げていけるようにしたいものです。

そういう社会が来ることを祈ります。

今回のテーマはとても深いものであり、とても語り尽くせない物がありますが、そもそもまだ性転換についてほとんどふれられていないのでまたテーマとして取り上げたいと思います 

また性の考え方について今後実体験や映画、ドラマなどメディア作品などから考えていきたいと思います。

では

2016年10月24日月曜日

新しいブランドを考えてみました。

新しいブランドを考えてみました。
まったくもってコンセプトは固まっていないし、そもそもなんのブランド?というものですが(笑)

これからはこのブランドでいろいろな作品を作ったりイメージキャラクターを作りたいと思います。

その名も『curious monkey』

いつか自分以外にこのブランドを知っている人ができるといいなあ(笑)

2016年9月26日月曜日

麻雀研究 捨て牌を読む 第二回 ※途中

【筋とは】
筋とは両面(リャンメン)待ちのことを指します。
麻雀では両面を作る6種類の塔子(ターツ)があり、これをリャンメンターツといいます。
つまりリャンメン待ちの筋は6種類ということになります。

基本六種の筋は以下の通りとなります。
2、3のターツ ➡ 1、4の待ち
3、4のターツ ➡ 2、5
4、5のターツ ➡ 3、6
5、6のターツ ➡ 4、7
6、7のターツ ➡ 5、8
7、8のターツ ➡ 6、9

6筋の並びを変更すると以下の通りです。
1234567
2345678
3456789  ※赤字が筋

6種の筋、つなげて3種の筋を基本に筋読みを行います。


この手法は基本的に相手がリャンメン待ちをしているときのみ有効となります。
この読みによって打牌に対して安全な牌や危険な牌を推測する戦術が筋読み戦術となります。
このような戦術による守備方法を『筋を追う』といいます。



もっとも有効なのは字牌や1、9などのヤオチュウハイが序盤から捨てられており、セオリー通りに手作りをしていると思われる場合です。
※麻雀ではあがり率の高いリャンメン待ちにするのが定石なので有効な場面が多いといえます。

筋の読み方は 表筋、中筋、片筋、壁筋、裏筋、間4軒、跨ぎ筋の7つです。



2016年9月11日日曜日

大衆社会とは何か

ちわ鼻提灯です。
今回のテーマはこちら

【大衆社会とは何か】
広いですね(笑)ぼくの場合は漠然と操作された社会のことだとおもっていました。
つまり、人民が皆ある程度の役割を与えられてそのながれにそって社会を動かしている。そうしなければ生きられなくなってきた。
原始的に考えれば生命力を失ったとでもいうのだろうか。
およそ生きるのには必要とおもわれない情報を集め、必要ではない人間関係を構築し、人間社会に最低限必要と思われる仕事(例えば農業などの一次産業である)に関連して下層へ下層へとだれのためかもわからなくなりながら複雑に関係した社会の歯車として働いている。
特に日本人は個人としての意思を失っている。もっと言えば考えることを放棄しているとさえ思えるこの現状のことだと思っています。



うーーん長い!!そしてわかりにくい(笑)
伝えるのがへたですみません

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説ではこう言っています。
(なんじゃこの事典(笑))

大衆が政治、経済、社会、文化のあらゆる分野に進出し、その動向を左右するにいたった社会状況ないし社会形態のこと。19世紀~20世紀に資本主義が独立段階に移行したのに伴い、概念的に明らかにされた。


うーん簡潔(笑)


人口の都市集中が進んだ結果、大量生産およびそれに伴う大量消費が拡大しました。またそれに伴って生活様式が平均化・画一化したといえます。
上記を可能にしたのは物理的交通手段、精神的交通手段、特にマスメディアの発達が大きいですね。

それまで局限されていた世界は時間的、空間的に拡大した、マスメディアによって疑似的に人々の世界を統一し、情報操作をしやすくされてきました。

現代の日本に見られる地域社会文化の消滅はまさにこれが原因と考えられると僕は思います。
人々は与えられるもの、状況、情報にしたがって動くことで新しい考えを持つことをやめ、日々を無機質に生きることとなりました。



大規模な社会、組織が合同目的のもと効率的に人を管理し、人間関係は非人格化しました。



最近のバブルJr世代と呼ばれる若者の中には独立志向のものをおおいと聞きます。
僕は独立を目指すものほど他者との関係を重視するものだと思っています。また自分自身で関係をもつ人物を取捨選択するすべを持っています。

こういう人間が今後の社会を作ってくれることを僕は期待しています。政治的、経済的に不安定になった日本で若者たちは社会に従うことに疑問を感じ始めたと思います。



独立し、個人として力を持って考え、社会を動かしていく。
彼らは新しい日本人の形としていままでの概念を崩してくれることを期待しています。


今回のこのテーマはいずれまた取り上げたいと思います。
(本当にいつになるかわかりませんが(笑))


大衆社会を描いた作品
チャールズ・チャップリン 『モダン・タイムズ』でお別れです。